ヤツは「今年も自転車で走る！」と言った。
「ヒマやったら合流するワ〜」、たぶんムリだなと思いながら、私は電話を切った．．．
いーなー、自転車で大阪から日本海か．．．でも、やっぱりムリだな．．．

電話から半月も経った夏休みの最終日、唐突に２４時間の出動許可が下りた。家族を実家に置いて、私一人で岡山から名古屋まで帰ることになったからだ。せっかく行くのならと、なるべく幹線国道を通らないようなルートでと、津山市の先で国道５３号を左にそれて、県境の物見峠を越えて鳥取を目指すことにした。



鳥取市のすぐ東、岩美町でズバンッっと直角に海に突き当たった。
昔、自転車で何泊かしながら走ったことのある鳥取から城崎までの海岸沿をジムニーで走る。
山を越えるたびに次々現れる海水浴場はその時にひとつ残らず泳いでいる。
昔は、体力も根性もあったなー．．．（笑）

山陰の道は楽しい思い出がいっぱい詰まった、なつかしい道だ。途中から、天気が今ひとつだったが気分は上々である。写真を撮ったりしながらのんびり走っていたせいで、但馬海岸道路を抜け、温泉で有名な城崎に着く頃には日はとっぷり暮れてしまった。



そうして真っ暗な道を走っていてふと思い付くことがあった。「ハテ、きょうはヤツが大阪を出発して日本海へ向かう日だ！」しかし、どこを通ってどこに向かっているのかが分からない。
日本海は広く大阪からのルートも無数にあるからだ。ルートも目的地もきちんと聞いてはいない。

今ごろどこかで自転車をこいでいるヤツの携帯に電話してやろうと思ったが．．．わたしは最近、携帯電話を買い換えたばかりでヤツの自宅も携帯の番号もメモリーに入っていない。
住所録を置いてある自分の家には、誰もいないから調べてもらうことも出来ない。
しまった．．．！、直接連絡する手段がなにも無い！！

困ったな．．．一昨年は城崎、去年は舞鶴、今年はどこだ？
なんとなくヤツは若狭方面に走っているのではないか？と思い、前から走ってくる自転車を気にしながら福知山市へ向かってジムニーを走らせた。
対向車線の真っ暗な歩道を走る自転車に注意を払うのは正直いってつかれる。おまけに福知山市はお盆の花火大会で大渋滞。市内を抜けるのに１時間以上掛かってしまった。
見物帰りの自転車がたくさん走っていたがヤツの姿はどこにもない。

時間はもう９時を過ぎ、もしかしたらもう走るのを止めてどこかで野宿を始めたか、あるいは店に入って遅い夕食の最中か？   そうなってしまったら、見つけることはもう不可能だ。
しかし．．．ここまで来たのだから、何としてでもヤツに会いたい！。いや、必ず会う！！！
なぜだか、すぐ近くにヤツがいるよな確信がどこからとも無く湧いてきた。

綾部市を過ぎて一つ目の、山陰本線の無人駅「山家」。去年の夏、海からの帰りに雨に降り込まれたヤツが名古屋まで電話して来たっけ。国道からそれて、駅を見に行く。
駅に着いて、ぐるっと探してみたがまったく人気が無い．．．
「ここではなかったか．．」ジムニーに乗り込み京都と福井の県境の峠へ向けて出発した。

駅からは、日本海の若狭本郷まで真っ暗な峠道が続く。家も少なく、対向車もほとんど来ない雨上がりの真っ暗な道。ウーム、わたしはジムニーのヘッドランプの配光がいまいちしっくり来ない。
明るいようで暗く、見やすいようで見にくい。前から気になっていたが、真っ暗な山道ではそれがはっきりと分かる。これはそのうちランプ・システムの構成を考え直さなければ．．．

ヘッドランプの先の暗闇は、ナビの地図画像を頼りに道路の様子を推測する。その正確さには、いつも舌を巻くが地図が間違っていたり現在地がズレる可能性もゼロではない。霧が出はじめた峠道を有視界走行の範囲でひたすら飛ばす。そう言えば、まえにも夜中に自転車でこの峠を越えたっけ．．．

峠をくだり、一直線の道を走り抜けて、１１：３０ようやく若狭本郷の駅に辿り着いた。駅舎は１０数年前に訪れた時とはまったく違うモダンなものになっていた。また、このところの大雨で現在小浜線は不通になっているとの張り紙もあった。今年の夏は、大雨続きでろくなことが無い。

「きっとここに違いない」なぜかは分らないがカンが働いた。すると待合室の入口に一台のＭＴＢが停めてあるのを見つけた。ぱっと見ただけで、近所の子供が乗っているオモチャではないと判った。

「ヤツはこの駅にいる！」、待合室を見てまわるが姿はない。
跨線橋を渡りホームの待合室も見てみたがいなかった。ここは案外、穴場なんだがな．．．
ウーム、ホームの端まで歩いてみたがここにもいない。コンクリートの上で寝ると涼しいんだがな．．．

「絶対どこかにいる．．．」
駅の薄暗い自転車置き場を覗いてみたが、床が水浸しになっていた。ここには居ないな。
ロータリーを見回すとバスの待合室が１つ、あそこかな？
ゆっくり近づいていくと奥の方に横になっている人影が見えた。

「いたいた」、静かにしたまま顔を覗き込むとやっぱりヤツであった。「ふう」、息を吸うと、きっかり４歩さがって大声でやつの名前を呼んで起こしに掛かった。呼びかけてもまったく起きない。だがしかし、片手がゆっくりゆっくり頭の下へ動いている。どうやら得物に手を掛ける気配。昔からヤツは、頭の下にソレを置いて寝ているのを私は良く知っている。

さらに２歩下がりながら、「おーい、俺だよ！」
私は自分の名前を言って安心させることにした。目だけが開いた。
さらに２歩下がる。

きちんと目を覚ますまではどうにも危ない。ヤツはむっくり起き上がると、ようやく私だと判ったようだった。
「ちょっと待ってろよ」そういって私は缶コーヒーを買いに行った。

戻ってくるとヤツは一言「良く分ったな！」。「おまえのやることは、全てお見通しだ！！」私がそう言った後
二人で大笑いした。顔を合わせたのは実に５年ぶりだった。ヤツはサイクリング部時代に北海道から九州まで自転車で走り回った相棒で、ツーリング中の行動パターンは手に取るように分かる。

それにしてもヤツは軽装だった。テントはおろかシュラフも持たない。いざという時のための輪行袋もない。本当にリュック一つだけしか持っていない。
ヤツは「体力の低下を、装備の軽量化で補っている」と言った。なるほど。
私は体力も低下しているし、どちらかといえば持ち物が多くなるタイプなので、今は車でないと泊りは無理のような気がする。「歳だけは食いたくないな〜」、と二人で笑ったがまだ３０そこそこだ．．．（笑）

きょうの行程を聞くと、朝に大阪を出発して亀岡を経由して綾部までゆき。山家の駅で一休みしてから、午後の４時に出発。峠越えの最中に日が暮れてしまい、ここについたのは２時間ほど前、ということだった。
途中、半分以上土砂降りの雨だったらしい。おつかれさま．．．



そのあとは、会社や家族、別の友人の近況や思い出話、記念に写真を撮ったりうろうろしていたらあっという間に時計の針は午前２時を指していた。
ウーム、まだまだ話たりないが仕方が無い。お互い無事に帰ることを約束してヤツと別れた。

この後、敦賀ICから北陸道にのり、仮眠しながら何とか名古屋の自宅に到着。そのまま何食わぬ顔をして出社し、お土産の岡山名物きび団子を配ってまわった。「みんな家来になれ」、てか（笑）。

それにしても今回は、本当に偶然と執念で友人に再会できたのだった。
いや〜、こんな事もあるんだね〜。

＜＜みなさんがが旅先でであった、おもしろい体験をお聞かせください＞＞  
この夏の失敗談はもとより、感動の再会、極限状態での安眠法、お役立ちキャンプ用品、地元のお年寄りたちとの交流、恐怖体験．．．．。などなど、なんでもけっこうです。
貴方のとっておきのネタ、おはなし、お待ちしております。

＜追記＞
先日、ヤツから電話が掛かってきた。あのあと天橋立を見物して舞鶴で一泊して帰ったとのこと。
写真を送る約束をしたが、旅先の写真を人に送るなんてもう何年ぶりかな？

ICA03706@nifty.com   ２輪、４輪 林道ツーリングガイド編集室


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